ウィーン・飛ぶ教室///第18回:学校の先生のお仕事

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日本標準

ここ最近、日本では、教員の長時間労働が深刻な問題になっており、また長く教員不足も指摘されています。実はオーストリアでも教員不足は深刻な問題です。ただし、そこには日本とは異なる事情があります。そこで、まずオーストリアの教員の日常を見てみたいと思います。

小学校2年生の子どもの担任にインタビューしてみることにしました。

マリアンネの一日

マリアンネ

マリアンネは、27歳。教員歴5年の小学校の先生です。教育大学を卒業後、最初の1年は学童で働き、2年目はチームティーチングの補佐教員として、3年目からはウィーンにある公立小学校の教員として働いています。2年生、14人のクラスの担任です。

まず、典型的な1日の過ごし方について、尋ねてみました。

マリアンネの1日のスケジュール

6:00 起床/準備/出勤

7:15 学校に到着/準備

8:00- 授業

12:00/13:00 週に3回ほどは公園に行く

14:00 明日の授業準備(教材の印刷、採点など)

15:00-16:00 帰宅/犬の散歩や運動 

16:00-18:00  明日の授業準備/食事 

18:00-21:00  自由時間 

21:00-22:00  就寝

ずいぶんと余裕のある1日に思われるでしょうか? しかし、マリアンネは7時から14時まで8時間働き、帰宅してもまた1時間ほど授業準備のために仕事をしています。オーストリアでは週40時間がフルタイム労働です。マリアンネはフルタイムで仕事をしていることになります。夏休みも、7月第1週は年度終わりの片づけ、8月後半くらいからは次年度の準備を自宅でするようです。

授業以外の時間、自宅で(あるいは学校で)どれくらいの時間、何の作業をするのか、ということは、先に学校長に労働時間の内訳を報告しておくそうです。

というのも、オーストリアの学校にはいわゆる教員個人の机が用意されているような職員室がないからです。小学校であれば、自分の学級の教室で作業が少しはできますが、教科担任制になる中学校では自分だけのPCや机というものが基本的に用意されていないのが普通です。これは正直なところ、とても不便だと思います。

マリアンネ、語る

伊藤

なぜ小学校の先生になろうと思ったのですか?

マリアンネ

小学校の教員になろうと思ったのは、マトゥーラ(後期中等教育修了資格試験)の後です。グラフィックを専門にするギムナジウムに通っていましたが、自分に何ができるだろうと考えました。大学で4年も勉強するのはイヤだったし、子どもと一緒に何かするのは好きだったので、3年間で資格が取れる小学校の教員になろうと思ったんです。それがとても現実的な道だと思ったの。

伊藤

教員の待遇はどれくらいですか?

マリアンネ

平均給与は、手取りで1800~2000ユーロ(日本円だと25~28万円)くらい。あんまり増えないって聞いてる。彼と2人で暮らしている今なら十分なお金だと思ってます。ただ、子どもができたりするとわからないかなあ。

ドイツ語圏では、小学校の教員は90%以上が女性です。伝統的に、教員は女性の仕事だと考えられてきました。それは、先に見たマリアンネのスケジュールのように、午前中おそくとも午後の早い時間には仕事が終わることと大いに関係があります。同じ時間に学校から帰ってくる子どもたちの世話ができたからです。

伊藤

実際に教員になってみてどうですか? よかったことと大変なこと、両方聞かせてください。

マリアンネ

教員の仕事は、会社員の仕事とは異なり、毎日違って、毎日新しい発見があることだと思っています。子どもたちはいつも楽しいし。

逆に、教員の仕事の大変なことは1人で何もかも全部しなければならないことです。たまにTTが入って、より少人数で教えられたらいいなと思ってます。14人の全然違う子どもたちを1人で教えるのは大変です。

学校としては、予算がどんどん削減されてることが大変なことと言えます。例えば、セルビア語、クロアチア語など、移民の背景を持つ子どもたちの母語を教える時間が週に1時間程度あったのが、今年からなくなったり、あるいは英語を教える教員もいたけれど、それもなくなったり。あるいは学校にいた臨床心理士もいなくなったし。そういう大変さはあります。

伊藤

毎日の授業の準備は大変ではないですか? 学校全体での会議などはありますか?授業以外に何か学校で割り当てられている仕事などはありますか?

マリアンネ

毎日の授業の準備は、午後、学校や自宅でやっています。インターネットで教材を探したり、教え方の動画を見たりして、考えています。もちろん、学校の終わりに同僚に相談することもあります。「今度この単元やるんだけど、こないだおもしろい教材使ってたよね。あれ教えて。」みたいな感じです。

学校全体での会議は、1学期に2回くらいです。これは校長から教員への説明が主な内容です。

授業以外の仕事としては、授業が始まる前の朝当番(親の仕事の都合で早く学校に来る子どもたちのために、学校は開いていて、子どもたちは朝当番の先生の教室や教室前で遊ぶことができる)が希望制で、その分の手当が出るのでやっています。校内の係としては、会計係とか、教科書注文とか、図書館とか、学校のホームページ係とかはあるけど、どれもそんな大変な仕事ではないです。

このエッセイを日本の学校の先生が読んでくださっていれば、学校での会議の少なさも驚きだろうと思います。マリアンネの勤務する小学校は小規模で、この一例だけで判断はできませんが、ほかの小学校もそこまで大きな違いはないと思われます。学校の教員の仕事は、子どもたちに教科内容を指導すること、という認識が前提にあります。 

 

マリアンネと子どもたち、公園に行く――教員の裁量――

伊藤

よく子どもたちと公園に行っていますよね? 週3回くらい? あれは何かの授業の代わりですか? 校長先生に事前に申し出たりする必要はある?

マリアンネ

公園に行くのは、基本的には体育の代わりです。算数やドイツ語を集中してやったあとには、子どもたちは体を動かす必要があるとも考えています。もちろん、体育館や運動場に行くこともありますし、それは学級の教員によります。

公園に行くのに事前の許可は必要ありません。遠足の場合は、事前に学校全体のカレンダーに書いておく必要がありますが、いつどこへ行くかを決めるのは教師自身です。全然行かない教員もいますよ。

伊藤

全然行かなくてもいいのですか? 逆に公園に行きすぎとか、そういうことで保護者から苦情が出たりはしないんですか?

マリアンネ

(笑)今のところはないです。ほかの授業もちゃんとやっているから、公園とか遠足に行こうって考えられるわけだし。

コロナ禍でそれほど多くは行けなかったそうですが、冬には博物館や美術館、屋外スケート場、春になって天気が良くなれば、ウィーンの森や中心部から離れた大きな公園などに遠足で行ったとマリアンネは言います。なお、遠足に行くためには、教員を含め大人2人の同伴が必要です。私もついていったことがあります。

伊藤

教員の裁量が大きいんですね。授業の進度は、同じ学年の別のクラスの先生と相談したりしますか?

マリアンネ

ほとんどしません。もちろん、何か困ったことがあれば相談しますよ。でも、だれも私の授業の進度について管理する人はいません。別のクラスと教科書だって違うし、どの教科書を使っているかも知りません。担任を持った1年目は、別のクラスの教員にどの教科書を使用しているか聞いて、同じものを使用するようにしました。でも、2年目からは自分で教科書や教材を選んでいます。

こうした教員の裁量の大きさには驚きました。授業の進度、教科書、時間割、宿題の有無、体育で公園に行く、遠足に行く……。これらすべてが教員の裁量次第です。

ただし、本当に誰もマリアンネの仕事を管理しないかというと、そんなことはありません。

オーストリアの学校は基本的に4年間持ち上がりですが、3年次と4年次にはドイツ語と算数を対象に全国一斉の学力テストが実施されます。子どもたちがどれくらい国が指定した目標に到達しているかを調査するための大規模学力テスト(スタンダードテスト)です。これは、学校単位、学級、子ども単位でそれぞれ結果が出るものです。

マリアンネは、来年度、教員になって初めてこの学力調査に臨むわけですが、はっきりと「スタンダードテストがあるのはとてもストレスです」と答えました。別の日に校長にインタビューしたときには、「各教員には、スタンダードテストでストレスを感じる必要はないと伝えています。」ということだったのですが……。

実はこうした教員の裁量の大きさは、フランスの学校や教員の様子をインタビューしたときにも感じたことでした。

知り合いに、フランスの地方都市在住で現地校に子どもを通わせている日本人女性がいます。子どもの担任は、遠足に行かない、宿題を出さないタイプの教員なのですが、日本の学校で育ってきた感覚からすると、「遠足にも行かない。宿題も出さない。今算数のどこを勉強しているかもわからないってありえない。」というのです。教員の裁量の大きさが、負に働いている事例と言えるかもしれません。

インタビューしてみて、マリアンネは現状におよそ満足しているように見えました。インタビューにあったように、マリアンネの仕事時間の多くは、授業とその準備に充てられています。言い換えれば、授業とその準備だけで8時間という労働時間を使ってしまうのです。

深刻化する教員不足

ところで、オーストリアは現在深刻な教員不足が問題となっています。これまでは、小学校の教員になるためには教員養成大学で3年間の課程を修了すればよかったのが、教員養成制度改革によって、5年間の課程で修士号まで修了しなければならなくなったからです。

マリアンネの同僚で、現在、教育大学大学院にいる補助教員と話したとき、彼女たちは次のように言いました。「教員の給料や社会的地位で、5年間も勉強をしなければならないのは、割に合わないように思う。5年間も勉強するなら、大学に行って、もっと収入のよい専門の勉強だってできるわけだし…。」

教員という仕事に対して、その資格取得のための修学年限および安定性(給与や社会保障)に対して、彼女たちはこうしたシビアな目を持っています。そしてそういう考えが、今の教員不足につながっているのです。ちなみに、より深刻な教員不足は中等学校(Mittelschule)です。職業教育系の進路を取る学校です。ただし、実態は、多くが移民の背景を持つ子どもたちが行く学校で、教育や指導が困難だとされています。幼稚園でも教員不足は深刻です。

オーストリアの教員不足の背景は、日本のそれとは違いがあります。しかし、高度化/複雑化する教職に対して困難さがある、という点では共通しているということがわかりました。

一方、マリアンネ個人の教職への満足感には、教員の裁量という要因が関係していると思いました。例えば、宿題、授業の進度や進め方、行事といった教員の仕事を構成する大小さまざま要素が、本当に学年全体で、学校全体で取り組まなければならないものか。日本でも、教員の仕事という視点から、再検討の余地があるように思いました。

 

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

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