ウィーン・飛ぶ教室///第11回:オーストリアの算数―ドリルをたくさんするのはどっちだ?―
オーストリアの小学校にも宿題があります。日本にいると気が付かないことですが、宿題というのはつくづくその国の文化が反映されているなと思います。というのも、小学2年生の算数であってもわからない問題があるからです。
そこで今回はオーストリアの算数の宿題を少しのぞいてみたいと思います。皆さんもぜひやってみてください!
オーストリアの計算問題
以下の問題、どのようにして解くかわかりますか?ドイツ語の問題文ですが、推測してやってみてください!
Hüpf im Päckchen!Rechne immer mit dem Ergebnis weiter!
a) 17+20=37
42+ 9=
72+ 5=
37+ 5=
51+21=
Ziel⇒77
問題文の意味は、最初の計算式の答えを使って、またその答えを使って計算し、答えが77(Ziel、目標)になるまで計算せよ、というものです。したがって、ノートには、
17+20=37
37+ 5=42
42+ 9=51
51+21=72
72+ 5=77
と書かれなければなりません。
その際、各式において1の位と10の位をきちんと書くように指導されます。オーストリアにもノート指導があるのです。ただし、オーストリアやドイツではひっ算という方法で計算を学習しません。ちなみにフランスはひっ算が導入されています。
では、次の問題にいきましょう。
Schöne Packchen. Beschreibe und begründe.(訳:きれいなまとまりを作りなさい。式の意味とそうなる理由を述べなさい)
a) 39+16=
44+16=
49+16=
54+16=
59+16=
答えは次のように書かなければなりません。
最初の数(足される数)が、それぞれ5ずつ増えていく。2番目の数(足す数)は常に同じ。だから、答えは、常に5ずつ増えていく。
問題文にある「きれいなまとまり」とは、10のまとまりを意味しています。例えば、39+16であれば、39+1+15として計算します。あるいは、40+16-1とすることも可能です。54+16であれば、50+10+4+6とします。
計算する前に、最初の数が5ずつ増えるというこの計算式の規則性がわかるか、計算して答えが出てからこのロジックがわかるか、それはどちらでもいいのです。
このように、計算問題は、1つずつ解くのではなく、ロジックを見出すようにさせる計算問題が頻出します。というよりもむしろ、規則性のない課題というものはほとんどないといってよいでしょう。
では次はどうでしょうか?これは何を意図した計算問題でしょうか?
Beginne immer mit einer leichten Aufgabe und markiere sie. Vergleiche.
a) 56-29
56-30
56-45
56-37
56- 7
問題文を訳すとこうなります。「もっとも簡単な問題から計算を始めなさい。もっとも簡単な計算には印をつけなさい。そして他と比較しなさい。」
したがって、この場合は、56-30から計算を初め、次に56-29(先の計算に1足す。つまり、56-(30-1)=56-30+1)、その次には56-37(先の計算から7引く、56-(30+7)=56-30-7)、その次には56-7…となっていきます。常に、最も簡単な計算(56-30)に立ち戻って、それをもとに計算せよ、というわけです。
ほかにもこういう計算問題があります。 空白に正しい数字を入れてください。
あるいはこのような問題はいかがでしょうか?左にある数字を並べ替えて、足し算のピラミッドを作ってください。
これは少し難解です。やってみてください。
こうした問題は、おまけでついてくるものではありません。教科書には、こうした問題が繰り返し出てくるのです。
日本の計算問題
比較のために、日本の学校で配布される計算ドリルを見てみましょう。例えば、繰り上がりのある足し算だと次のようになっています。
(1) ひっ算でしましょう。
① 74+45
② 82+50
③ 31+72
④ 95+67
⑤ 41+89
……以下さらに15問。
少し難易度の高い市販の問題集だとこういう問題もあります。
(2) □の中に正しい数字を入れなさい。
あるいは、こういう問題もありました。
(3) くふうして 計算しましょう
① 8+34+42
② 80+72+28
(2)や(3)の計算問題の型はあまり一般的とは言えません。またこれら以外のバリエーションはほかでもほとんど見られないといってよいと思います。
計算問題に関していえば、(1)のような問題がやはり主流だといえるでしょう。
ドリル学習とは何か?
オーストリアの計算問題にもう一度戻りましょう。オーストリアでも九九は2年生で学習します。
教科書のかけ算の単元を見ていると、しつこいくらいに繰り返し、かける数とかけられる数を入れ替えても答えは同じであることを練習します。(こちらでは×の記号ではなく、・を使用します。)
2・5 5・2
2・6 6・2
2・4 4・2
また、九九は10の段まで学習するので、10の段は5の段の倍、あるいは5の段は10の段の半分ということも繰り返し練習します。
2年生では、この九九(10の段)までの数に限定して、わり算の導入もなされます。次のような問題です。(こちらでは÷の記号ではなく、:を使用します。)
20:4 40:4
24:4 36:6
20:4 40:4
16:4 32:4
20:4 8:4
28:4 12:4
上記の赤字の部分は「核になる計算」で、これに基づいて下のわり算を計算しないということです。
また次のように、わり算でも入れ替えの問題が繰り返し出されます。
数字を入れ替えて、計算しなさい。
8・7
8・7=56
7・8=56
56:7=8
56:8=7
あくまでも、わり算はかけ算の延長であるということが繰り返し強調されます。ですから、その続きで、次のような計算問題も成立するわけです。
かけ算から、次のわり算の答えを導きなさい。
48:6
32:4
【解答例】
8・6=48だから、48:6=8
九九を使ってできて、余りが1桁になる簡単なわり算もこの時に導入されます。
オーストリアの計算問題の特徴は何でしょうか。オーストリアの計算問題は、第1に、工夫して計算することに重点を置いています。その工夫とは、計算のロジックです。具体的に言えば、10のまとまりで考えることや、2倍、3倍といった感覚を繰り返し計算問題によって訓練しようとしています。日本でもかけ算のロジックは学習します。ただしそれは九九ができたうえでの仕上げとしての位置づけであるように思います。
第2に、単なる計算式だけでなく、さまざまなバリエーションの問題を用意して、それらを繰り返し練習します。これに対して、日本の計算問題は、ランダムな数字の操作を繰り返し行うことに特徴があるといえるでしょう。
日本と欧米の教育を比較するときに、日本はドリル学習、つめこみで、欧米は自由に考えて発言したり、書いたりするというイメージで語られがちです。しかし、少なくともオーストリア(あるいはドイツ語圏)の計算問題においては、それは間違いだということがわかります。ここで見てきたように、オーストリアでも繰り返し練習します。両国の教科書の1ページあたりの問題数だけを見れば、オーストリアのほうが圧倒的に多いくらいです。
違いは、何のためにどのように繰り返しをするのかということです。「計算力をつけるために繰り返し計算問題をする」よりも、もっと掘り下げてドリル学習を再考してもよいのかもしれません。
次回はさらにドイツ語(国語)の授業も見てみたいと思います。そこでもヨーロッパの教育としてイメージされているものとは異なるものが出てくるはずです。
伊藤実歩子(立教大学文学部教授)
筆者注
なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。
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