ウィーン・飛ぶ教室///第15回:再・幼稚園の先生デモ-私たちはオバさんじゃない!-

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絵本『幼稚園のデモ』

第9回で、幼稚園の先生のデモの様子を紹介しました。2022年3月29日、再び私立幼稚園の教員やアシスタントがデモに立ち上がりました。今回は、幼稚園に加え、学童クラブの指導員も参加したより大きなものです。

デモに先立ち、幼稚園では、子どもたちに、小さな手のひらサイズの冊子が配布されました。タイトルは『幼稚園のデモ』(Streik im Kindergarten, Carlsen, 2021)です。

今回のデモのために特別に作られたもので、オーストリアのいくつかの労働組合が出資しています。

このような手のひらサイズの冊子は、PIXIブックといって、子どもの好むさまざまな内容のものがあり、どれも1ユーロほどで売られています。

幼稚園で配布された手のひらサイズのPIXIブック『幼稚園のストライキ』

冊子の内容はこうです。

いつものようにLeaが幼稚園に行こうとすると、パパが「今日は幼稚園が閉まってるんだよ」といい、Leaは残念がります。「なんで?」というLeaをパパは幼稚園まで連れていき、親が仕事に行かなければならないLeaの友達の面倒を見るために迎えに行きます。

そこで先生たちは何やら工作をしているようです。いえ、先生たちは工作をしているのではなく、デモに参加するためのプラカードを作っていたのです。

Leaパパは、4人の子どもの面倒を見ますがなかなか大変です。

「なんでパウラ先生は今日私たちと遊べないの?」

「パウラ先生たちは今日はストライキをしてるんだよ。彼女たちはもっとたくさんのお給料がいるって言ってるんだよ。」

「それならぼくにもわかるよ。それってとても大事なことだもんね」

「そうだ、私たちも先生を助けに行こうよ!」

そういって、彼らもプラカードを作って、幼稚園の先生たちのデモに参加しに行きました。

 

この冊子にはいくつかの配慮が見られます。まず、幼稚園が休みになって子どもたちの面倒を見るのが父親という設定、ほかにも登場する子どもの名前にトルコ系のものを含めるといった配慮です。

うちの子どももこの冊子を幼稚園で読んでもらったようです。「Mehr Geld!」(もっとお金を!)という言葉を覚えていました。

「そうすれば、昼食に、大好きなイチゴクヌーデルン(中にイチゴの入った小麦粉で作る団子)やカイザーシュマーレン(ホットケーキみたいなもの:いずれもオーストリアならではの甘い昼食。第4回参照)がもっと出てくるよね」と子どもは給食予算の増加を希望していました。

 

わたしたちはおばさんじゃない!

幼稚園の先生はなぜまたデモをすることになったのでしょうか?その点も含めて、オーストリアの幼稚園教諭の現状を、園長先生にインタビューしてみることにしました。

アレクサンドラは40歳。幼稚園教諭になって20年、園長になって半年です。週35時間の勤務時間を選択しています。

勤務時間の半分が管理の仕事、もう半分を子どもを見る仕事と内訳されていますが、コロナ禍で管理の仕事がほとんどになっていることがストレスだといいます。

勤務するスタッフとのコミュニケーションや子どものための本来の仕事ができず、PCR検査の管理やスタッフや子どもやその家族にコロナが出た場合のオペレーションなどに多くの時間を費やしています。

アレクサンドラ

この幼稚園は、以前もお話ししたように、0・1歳児クラス、2・3・4歳児クラス、5歳児クラスの3つのクラスがあります。幼児1人当たり3㎡が必要とされ、幼稚園の広さに応じてクラス数が決まるという仕組みです。

平均的には4クラス程度の幼稚園が多いということです。1クラス25人までとされています(これは小学校も同じです)。

幼稚園教諭は、こちらではペダゴーゲ(Pädagoge、女性ならば、Pädagogin)と呼ばれています。学童の指導員も同様です。

幼稚園のペダゴーゲになるためには5年制の職業高校(BHS)に在籍し、後期中等教育修了資格であるマトゥーラを取得後、初等教育関係の専門機関で2年間勉強し、資格を取得します。

幼稚園教諭の給与は、40時間(フルタイム)勤務であれば、1・2年目でおよそ2400ユーロ(手取り1700ユーロ)です。以後、毎年50ユーロずつ上がっていく仕組みです。

オーストリアの女性の平均収入が1800ユーロ(手取り)なので、ほぼ平均、あるいは平均より少し良いということができるでしょう。

ペダゴーゲの給料は、昔に比べればいくらか改善されたといいます。しかし、アレクサンドラは、仕事の内容に対してきちんと支払われているとは言えないといいます。

年々、保護者からの要求、子どものさまざまなニーズが複雑化しているからです。支援を必要とする子供がとても増えていると感じています。

幼稚園にはペダゴーゲのほかに、アシスタントがいます。1クラスにペダゴーゲとアシスタントが一人ずつ付きます。

このアシスタントの待遇は全くひどいものだとアレクサンドラは言います。アシスタントの給与は、1600ユーロ(手取り1100ユーロ)です。

コロナ禍の現在では、勤務時間のうち、80%が掃除(消毒も含む)と皿洗いの仕事で、20%が子どもの世話だそうです。そのため、アシスタントの離職率は非常に高いそうです。

掃除などは外部業者に委託して、アシスタントも40時間フルで教室に入り、子どもたちに関わる仕事をするのが望ましいとアレクサンドラは言います。

現状は、勤務時間20時間のアシスタントが午前と午後で1人ずつ交代でやってくるそうです。昼食時の最も忙しい時間帯にこの2人がいて、ペダゴーゲとともに昼食の補助をします。

 

3月29日、春らしい陽気で、ジークムント・フロイトパークの公園の桜(兵庫県宝塚市からの寄贈)も満開の中、幼稚園の先生たちが集まりました。今回は8000人がこのデモに参加しました。

2022年3月29日のデモに参加したアレクサンドラと同僚

前回にも、また今回も「わたしたちはおばさんではない!」(Wir sind keine Tante!)と書かれたプラカードを多く目にしました。

【これは前回のデモで見かけた「わたしはおばさんではない」のプラカード。】

2021年10月12日の幼稚園デモ。「私はおばさんじゃない」というプラカードが見える。

 

これが何を意味するか。アレクサンドラにインタビューしてはじめてわかりました。

アレクサンドラ:

20年前、わたしは「タンテ・アレクサンドラ(Tante Alexandra)」と呼ばれていました。そう。アレクサンドラおばさんという意味です。幼稚園教諭のことを昔は「おばさん」と言っていたのです。この仕事について1年目は、地元のキリスト教会系の幼稚園に職を得ました。20歳そこそこなのに、「アレクサンドラおばさん」と呼ばれていました。

教会附属の幼稚園の教諭なのだから、日曜日には必ずミサに参加するように言われました。とても嫌でした。小さな自治体では、市長とのつながりがとても強い場合があります。あるとき、わたしは市長から直接、かわいいカーニバルの衣装を20着作るようにと言われました。町でお祭りがあるからです。でも、わたしの仕事は、カーニバルのときに見栄えのする衣装を作ることではないので、「それはできません」と言いました。そうしたら、そのあとひどい目にあって、もうそこにはいられなくなりました。

そういうことがあって、ウィーンにやってきました。今でも地方では、幼稚園教諭は、「おばさん」と呼ばれているし、ウィーンでもイメージは「おばさん」のままでしょう。でも、わたしたちは教育と職業訓練を受けてきた「教育者(ペダゴーゲ)」なのです。

 

デモでは、アシスタントの統一的な養成システムも要求されました。今は派遣会社のようなところが、ばらばらに養成しているからです。アシスタントももっと子どもの養育に関わるべきだというのです。コロナ禍において、アシスタントの消毒や清掃などの業務が増え、子どもとかかわる時間が減ったことで、当然、ペダゴーゲが1人で子どもを見なければならない時間が増える。ペダゴーゲたちが子どもたちを十分にみることができないという主張はもっともです。

ペダゴーゲ・アレクサンドラはやる気です。コロナの規制が緩和されたので、幼稚園にセラピードッグを迎えることにしました。3歳児以上の子どもたちのためのサイエンスクラブも始めました。園庭の改修のための予算も取ってきました。この幼稚園をよくするためにやりたいことがいっぱいなのです。

 

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

筆者注


なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。

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