ウィーン・飛ぶ教室///第5回:ベンヤミン・ママの1日

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日本標準

わたしたちは共働き家庭なので、いろいろと役割分担をしています。これまで、日本にいるときには、毎日の大きな役割で言うと、私は食事係で、夫は保育園などの送迎係でした。

ウィーンではそれをひっくり返すことにしました。わたしが小学校と幼稚園の送迎係、夫が食事係というわけです。

役割交代にはいくつか理由があります。まず、夫がドイツ語を話せないために、学校や幼稚園でのコミュニケーションに不便であることがあります。

次に、こちらではIH調理器具ですが、私がそれに不慣れであることがあります。私は新しく機械の操作を覚えたりすることがとても苦手です。

結婚以来、特に子どもが生まれてからというもの常に家族の食事に気を配り、仕事で遅くなるようなことがあれば、作り置きのおかずを何種類も準備しておく生活を送ってきました。

これは私の生活の最重要事項でした。料理をすることは基本的に好きです。だれが読むかもわからない論文を書くのとは異なり、料理は作れば作っただけの成果が出て、毎日、必ず達成感が得られるからです。

その日、明日、明後日の食事までを一気に作り置きすることがあると話すと、ママ友に「ちょっとやりすぎじゃない?」と指摘されます。

でも、平日でも、週末でも、時間を見つけて午前中から夕食の準備をしておかないと、そわそわしてしまうのです。

子どもと遊んでいても、すぐに台所へ立ってしまう。仮にその日の作り置きがあったとしても、安心できず、また次の日のため、またその次の次の日のために作り置いてしまう……。

常に食事の準備に追い立てられているような感覚がありました。

 

そこで、ウィーンに来たことを理由に、IHがうまく使えないことを理由に、この食事の準備を手放してみようと思ったのです。

するとどうでしょうか。とても楽なのです。子どもの送迎で、毎日一万歩ほど歩くこともあって少し体重も減りましたし、朝から外の空気を吸って、鳥が鳴いて空を見上げたりする。

「鳥が鳴いてるねえ」とか、「今日の給食何だった?」と子どもと話す。とても気分がよいのです。夕方近くなると、習性で、やはりそわそわしてしまいますが、それは夫に「今日のご飯なに?」と聞くことで解消しています。

 

そこで思ったのです。ウィーンの共働きの夫婦はどうしているのかなと。インタビューに答えてくれたのは、わたしたちと同じ年頃の子どもを2人持つ母親、レイラ(仮名)です。

夫婦ともに、40歳、子どもたちは、8歳(小学2年生)と4歳(幼稚園)の男の子です。夫は自営業、妻は博物館のアーカイブに勤めています。現在、彼女は週40時間のフルタイム労働です。

 

伊藤

あのね、平日、仕事がある日の一日のスケジュールを教えてくれない?

画像名
レイラ

わたしたちは、地下鉄で15分ほどの職場に近い小学校と幼稚園に行かせてるから、1人ずつ担当して送って行ってる。わたしがベンヤミン(仮名)の担当で小学校に、夫が下の子の担当で幼稚園に送っていくの。小学校は全日制学校だから、とてもありがたいの。

 

全日制学校とは、午後も学級ごとに活動したりして、終日を学校で過ごす学校です。なお、授業は基本的に午前中だけです。ドイツ語圏では、歴史的には半日学校で、昼食は自宅で温かい食事をとるというのが伝統的でした。

 

画像名
レイラ

でも、ベンヤミンの幼稚園を探すときはとても大変だった。全然見つからなくて。保育ママ(Tagesmutter)にお願いしたんだけど、全然よくなくって。でも、預けなければ働けなくって。本当にどうしようかと思った。幼稚園が決まるまでに1年以上かかったもの

伊藤

そんな大変だったんだ。日本と一緒だね。私も上の子の時は特に大変だった。毎晩、保育園どこもない!っていう夢見て、うなされてた。

画像名
レイラ

コロナの時は、だから正直なところ助かった。私たちは2人ともオンラインで仕事ができたし、すると、お迎えにも行きやすかったし。もちろん、学校や幼稚園が開いていれば、の話だけど。子どもたちが家にいて、オンラインで仕事は絶対に無理!

伊藤

すごいわかる!お迎えはいつもうちよりも早いよね?誰が行ってるの?ベビーシッターがいるの?

画像名
レイラ

ベビーシッターはいないの。私の両親がうちの近くに住んでいて、月曜と木曜には迎えに行ってくれる。その日、私は18時まで仕事ができるの。あとは夫と分担して、3時半ごろにどちらかが迎えに行くようにしてるの。夫は自営業だから、まだなんとか融通が利くの

 

彼女は最近、週40時間のフルタイムの新しい仕事に就いたばかりだそうです。職場は子どもの病気などにも理解があり助かっているということでした。

ただし、オーストリアには、1週間ほどの学校休暇期間が度々あって、そのための子どもの預け先にはとても困っているということです。ドイツに住む夫の両親に預けたりして、何とかやり過ごしているそうです。

 

画像名
レイラ

こないだの学校休暇のとき、夫が子どもたちをドイツの義父母のところに連れて行って、わたし、2日間1人だったんだよね。で、こんなことってないから。いろいろしようって思ってたんだけど、結局、なーんもできなかった。ごろごろしてただけ。

 

ベビーシッターを雇うと、1時間15ユーロ程度かかります。ある別のお母さんは、5歳児の双子と3歳児を抱えており、週に2回ベビーシッターとともにお迎えに来ます。

彼女たちは以前スペインに住んでいたことがあるそうです。それで、子どもたちが言葉を忘れないために、スペイン語のできるベビーシッターを雇っているということでした。

 

伊藤

ちょっと立ち入ったことを聞くけど、毎日、ベンヤミンたちをお風呂かシャワーに入れる?

画像名
レイラ

面白いこと聞くね?!えっと、冬場は子どもは週に2回くらいかな。夏はもちろん毎日よ。ちなみに、わたしは1日おきに、夫はきれい好きだから毎朝入ってるよ。

 

ヨーロッパの気候はとても乾燥していて、子どもたちが毎日お風呂に入ると皮膚が乾燥しすぎるのでよくないという考え方があります。新生児などは週に1度でよいとされているそうです。

 

伊藤

夕食は何を食べてる?だれが用意するの?

画像名
レイラ

私の両親に迎えに行ってもらうときには、私の母が温かい食事を食べさせてくれるけど、私たちだけの時は、ヤウゼか、金曜日ならレストランに行って済ませるかなあ。昨日も「マキ」と「スシ」食べに行ったよ!ご飯作るより、子どもたちとどこか博物館に出かけて、話をするほうがいいと思ってるの。温かい食事は作っても週2回くらいかな。それは夫が作るんだけど。

伊藤

うちもウィーンでは夫が作ってるよ。笑。仕事帰りに子どもたちを博物館に連れて行くなんて、いいママだね。わたし、そんなのやってないわ。

画像名
レイラ

うん、いいママであろうとはしてる。笑

 

ヤウゼ(Jause)というのは、オーストリア・ドイツ語で、冷たい軽食のことです。パンにハムやサラミ、チーズ、トマトやラディッシュ、ピクルスなどが用意され、それぞれが好きなものを取って、パンにのせて食べる形式のものです。火が入っているものは基本的にありません。

こちらでも寿司はかなりメジャーで、スーパーでも売っているくらいです。マキとは、細巻きのことで、キュウリ巻きや鉄火巻き、サーモン巻きなどがメジャーです。スシはいわゆる「にぎりずし」のことで、サーモンやマグロなどをよく見かけます。

 

伊藤

掃除は?

画像名
レイラ

今は、土曜日にまとめてやってるけど、もう無理だと思ってるの。1日掃除でつぶれてしまう。掃除してくれる人を探そうとしているところ。前に来てもらってた人は、2週間に1、1時間12ユーロで来てもらってた。床掃除、水回り(キッチン、トイレ、お風呂)、子ども部屋の掃除入れて、5時間くらいかかってたかなあ。

 

掃除を外注する仕組みには、わたしもこちらで大変助けられています。こちらのアパートで2週間に1度、床掃除、水回りの掃除に来てもらっています。掃除機にたまったゴミ、その中の器具まで洗ってくれます。

2時間弱で、1回に27ユーロ(約3,500円)を支払っています。1か月にかかる費用はおよそ7,000円です。洗濯やアイロンがけも頼めばやってくれます。

最近、日本でも徐々に家事代行サービスが増えてきました。少し調べたところ、およそ1時間4,500円が相場のようです(安いところでは2,500円というのもありました)。

2時間で9,000円、1か月に18,000円程度かかる計算になります。これだとかなりの家計の負担になるなと思います。こうした家事代行の日本とオーストリアの価格の違いは、この仕事の担い手が移民の女性であることが大きく関係しています。

うちに来てくれる女性は、ブルガリア出身で、母語はブルガリア語ですが、ルーマニア語(夫はルーマニア人)、セルビア語、ドイツ語、英語を話すことができるそうです。ドイツ語が話せない方もいます。

正直なところ、こうした移民の女性に家事を代行してもらうことを申し訳なく思う気持ちもあります。でも、本当に助かっているのです。

 

たった1人の働くお母さんのインタビューだけで決めつけるわけにはいきませんが、ヤウゼ、つまり火を使わない夕食はドイツ語圏では一般的です。洗濯は、週に1回程度ということも聞きます。

そう考えると、日本の家庭は大変です。仕事を終えて家に帰ってから、お風呂に入れ、温かい夕食を作る、後片付けをする、洗濯をすることが(ほぼ)毎日なのですから。

「この中からどれかを毎日しない」というふうに、わたしの「To Do List」を根本的に考え直す必要があると思いました。

もちろん、気候などの違いはあります。しかし、それでも、設備の問題(例えばドイツ語圏ではビルトインの大型食洗器があることが一般的です)や清掃サービスが廉価で提供されるといった条件をクリアすれば、共働きの家庭がもっと楽になれるように思うのです。

 

伊藤

ところでさ、ベンヤミンの学校の宿題とか、勉強とか、だれが見てる?

画像名
レイラ

今のところ、学校で午後に全部見てくれるからとくには見てない。でも、本を一緒に読んだりするようにはしてる。

伊藤

ベンヤミンの次の学校のこととかどう考えてる?成績も1ばかり取らないとギムナジウム行けないって聞いたんだけど。それって大変じゃない?

 

ドイツ語圏の通知表では、1が1番よくて、5が1番悪い評点です。

ギムナジウムとは、大学入学資格を取得できる中等教育学校で、下級段階と上級段階に分かれています。ギムナジウムに行かない子どもは、NMSという前期中等教育学校に行きます。その後は職業訓練学校や職業高校に行きます。

先述の通り、小学校は4年制なので、3年生ごろになると進路のことを考え始めなければなりません。日本の単線型教育制度とは異なり、ドイツ語圏のこの分岐型教育制度は、10歳段階での選抜が早すぎるとして常に批判の対象になっています。

10歳段階での選抜は子どもにあった進路選択というよりは、親の社会階層の影響を受けやすいといった問題が指摘されているのです。

 

画像名
レイラ

ベンヤミンは、今のところ勉強にあんまり問題ないから、心配してない。心配するとしたら、3年生になってからかなあ。でも、いいギムナジウムが3区にあるって友達から聞いてて。そこに行かせられたらなって、今はなんとなく思ってるくらいかな。

伊藤

あ、でも、もう行かせたい学校のこと考えてるんだね

画像名
レイラ

そうだね。それはわたしの学校時代のひどい経験があるからかも。わたしは、ボスニアからの難民でね。夫は大学生になってからオーストリアに来て、私たちは出会ったんだけど

 

と、ここで思ってもみなかったことをレイラが話し始めました。

 

画像名
レイラ

11歳の時だったんだけど。内戦があって(1992年のボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争のこと)。家族でオーストリアに来たの。そこでは、ハウプトシューレに入れられてね。私はよく勉強ができるほうだったんだけど、それでも難民はみんなハウプトシューレに入って。

伊藤

ギムナジウムの下級段階には入れなかったの?

画像名
レイラ

そう。いくら勉強ができても入れてもらえなかった。そのあと、わたしはギムナジウムの上級段階に入ったんだけど、その当時、外国人は私ともう一人だけくらいだった。だから、子どもたちの学校も、外国人だからって何かあるんじゃないかってすごく心配したの。

伊藤

ベンヤミンがとてもよくできるんだったら、私立小学校は考えなかったの?ウィーンで今すごい人気だよね?ちゃんと勉強教えてくれるって、わたしの友達のところもウィーンで私立に入れてるよ

画像名
レイラ

それは考えなかった。だって、私立だとオーストリア人ばかりじゃない?それよりも、私は多様な子どもが行ってる学校のほうがよかったの。今、ベンヤミンが行ってる小学校は、ヨーロッパだけじゃなくてタイ、中国やインドの子どもたちもいて、すごく多様で、今はとても安心してるの。

 

30年前、ハウプトシューレという職業準備教育に接続していく学校から、大学入学資格を取得できるギムナジウムへの編入はとても厳しいものだったと思います。レイラはその後、ウィーン大学でドイツ文学、ドイツ演劇を専攻したそうです。

レイラが週末に子どもたちを博物館へ連れて行ったり、本の読み聞かせを一生懸命にしているのは、こうした自分の歴史があるからだとも思いました。

レイラの話すドイツ語は、外国人特有のアクセントがなく、わたしはすっかりオーストリア生まれのオーストリア人だと思い込んでいたのでした。わたしは、この国の多様性への認識がまだ十分ではないのです。

レイラは、最後に、オーストリアで暮らすボスニア人たちは、今回のウクライナとロシアの戦争を30年前のあの時のようなことが起こると不安に思っているのだということも話してくれました。

 

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

筆者注


なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。

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