ウィーン・飛ぶ教室///第16回:ウィーンの若者―ニコとグゥネシュ―

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ニコの場合――マトゥーラと社会奉仕活動と進学と…

今回は、ウィーンに暮らす若者に話を聞いてみたいと思います。こちらに来てわかったことは、幼稚園や学童保育に、兵役義務の代わりに、社会奉仕活動をする若い男性がいるということです。

オーストリア国籍を持つ18歳以上の男性には、6か月の兵役義務があります。これを拒否した場合、9か月間の社会奉仕(Civildienst)に代えることができます。

多くは高校卒業後に、兵役義務か社会奉仕活動に従事します。この制度については、若者の失業率につながるといった批判もありますが、2013年に国民投票でこの兵役義務を続行することを国全体で決めたという経緯があります。

 

ニコ(Nico)は19歳。ウィーンに生まれて、ウィーンの学校にずっと通ってきました。両親ともにオーストリアの生まれです。現在は、お母さんとお母さんの再婚相手と妹と暮らしています。

お母さんは中学校(NMS)の教員、義父もそうです。実のお父さんは税理士でしたが、もう引退しているそうです。

もうすぐ社会奉仕活動を終えるニコ

 

ニコ

小学校は私立学校に行ってた。カトリックの学校で、とても広い庭がありそこでよく遊んだのは覚えています。環境はすごくよかったよね。お金は結構かかったと思うけど。

その学校に入るときに、何か特別なテストをしたということは覚えてないなあ。多分、両親と学校の先生が面談してたかなあ。よく覚えてない。でも、私立小学校入学のために僕が何か準備をしたということはなかったと思う。

小学校の後は、公立のAHS(ギムナジウム)に入って。4年生の下級段階の後、そのまま4年生の上級段階に進んで。最後の1年半はコロナでオンライン授業だった。

PCはずっと前の誕生日に買ってもらってたし、うちはWi-Fiもあるからオンライン授業は問題なかった。オンライン授業は快適だったなあ。楽だったし。

だって、先生が画面で話している間、ほかのことができるでしょ?そう、友達とチャットしたり、動画見たり。それって学校では許されない。ただ、対面のほうが、より生徒同士がお互いに学べるとは思うけど。

オーストリアでは、日本の高校終了時に、後期中等教育修了資格試験(マトゥーラ)を受けて、合格すると、原則的にどこの大学のどこの学部でも入学することができます。

マトゥーラは生涯有効で、いつでも好きな時に大学に入ることができます。医学部や歯学部、心理学部などはとても人気で昔から学部別の入学試験がありましたが、現在では、多くの大学の多くの学部で個別の入学試験が行われています。

ニコはコロナ禍のマトゥーラを経験し、全国共通の3教科のドイツ語、数学、英語の筆記試験を受けました。評価はそれぞれ2・3・3でした。マトゥーラの筆記試験の前には、全員が必修の探究論文(プレゼンテーション含む)も提出しました。

 

ニコ

コロナのおかげで、口頭試問はなくてさ。ラッキーだったよ。だって、あれがあると、ほかの教科も勉強しないといけなかったからね。

今年、マトゥーラ受ける子はかわいそうだよ。口頭試問が復活したもんね。探究論文は、「自転車競技とドーピング」ってテーマで書いたよ。評価は2だった。

マトゥーラのために塾(Nachhilfe)に行ったかって?僕は行かなかったけど、友達は2・3人行ってたかな。僕は、数学なんかは、ほぼYouTubeで勉強したよ。学校はあんまり合わなかったから。内緒だけど。えへへ。

 

最近、オーストリアでアハ、マトゥーラのため、あるいはよいギムナジウムに入るための塾の需要が高まっています。同時に、塾の質や保護者の経済的負担も問題になっています。

ニコはギムナジウムを卒業してから、この社会奉仕を選択し、学童クラブで働いています。

 

ニコ

妹がこの学童に通ってたんだよね。それで知り合いもいたし、頼みやすかったし、ここにした。

仕事の内容は、昼食時の世話、テーブルクロスの洗濯、コップを洗うこと、おやつの買い出し、子どもの世話かな。食器洗いは、お掃除のおばさんたちがやってる。

手を焼く子どもはいるけど、楽しくやってる。仕事は多いし、この期間は何にも好きなことできないけど、仕方がない。(兵役義務のない)女の子はいいよねとは思うけど。

軍隊に行くのはイヤだった。訓練が厳しいって聞くし。友達もみんな社会奉仕のほう選んだし。それに、社会奉仕のほうが給料はいいしね。

社会奉仕は9か月間、月に650ユーロに対して、兵役は6か月間、月に300ユーロです。住居費や食費が必要ないからです。ただし、兵役はそのあとさらに3か月続ければ、その3か月間は月に3000ユーロ支払われるそうです。

ニコ

5月いっぱいで、学童での仕事も終わるし。そしたら、e-sportsを仕事にしようと思ってる。ってかもう今もやってるし。ゲームの解説とかも。

学童の仕事が5時に終わって、それから9時とか、10時くらいまでゲームやってる。親も応援してくれてるよ。それで十分お金が稼げれば、もう大学には行かなくていいと思ってるんだけど。ほかの友達は、多分、みんな大学に行くんじゃないかな。

でも、まあ、1年やってみて、無理そうだったら、TU Wien(ウィーン工科大学)でプログラミングを勉強したいなと思ってる。え?今って入試あるの?知らなかった。そっか。ふーん。

若者の失業が問題になってるし、無職はイヤだな。退屈そうだし。2年間は最低働かないと、失業手当ももらえないしね。どっかではちゃんと働くよ。

 

高校を卒業して、大学に進学する資格を取ったあとに、若い男性が、兵役や社会奉仕に従事しなければならないこの制度は、日本に住む私たちには少し想像が難しいことです。

加えて、ニコの場合、あと1年はe-sportsに挑戦してみてから進路を考えるというのです。日本であれば、とりあえず大学には行っておきなさいといってしまうところです。

ドイツやオーストリアでも、「とりあえず大学へ行っておく」という風潮はあります。しかし、本人が希望すれば、いつでも大学に入れる資格をすでに手にしているので、ニコの両親は、子どものひとまずの選択を見守ろうという気持ちなのかもしれません。

 

グゥネシュの場合――TUウィーンとオーストリア国籍と夢…

このエッセイでも何度か言及していますが、ウィーンには多くの移民が暮らしています。学校にも、お店にも、カフェにも、いたるところで移民の人々に支えられてウィーンは成り立っています。

彼らはどのようにして生活しているのでしょうか。トルコ人留学生に話を聞いてみました。

 

グゥネシュ(Guenes Aydar)は、トルコ生まれのもうすぐ30歳。ウィーン工科大学(通称TUウィーン)建築学研究科の大学院生。20歳の時に家族でウィーンにやってきました。

家族はトルコに帰国しましたが、自分だけここに残ることに決めたそうです。現在は、週20時間、スーパーで働きながら、大学にも行っています。

もう1年働けば、オーストリア国籍が取得できるので、それを目標に仕事と勉強の両立を頑張っています。TUウィーンの中を案内してもらいながら話しました。

職場のグゥネシュ

グゥネシュ

大学院と仕事の両立は厳しい。でも、仕事で一定期間働き、かつ一定の収入がなければ、国籍を取れないからね。

ここで修士号を取得するには、学士課程を4年と修士課程を1年か、学士を3年と修士を2年やる方法がある。

学士と修士の境界はなくて、学士の単位と修士の単位を同時並行で取得することができるよ。ストレートにいけば、どちらも5年の計算だけど、だいたいみんな7年はかかってるね。

だって、まず、建築学であれば、1年生のときの模型作りで挫折する。

グループで複雑な模型を、ヨーロッパの伝統的建築のものと現代的なものと、2つも作らないといけないからね。ここでみんなまず挫折する。

 

グゥネシュ

TUで建築学をやってるのは、ザハ・ハディド(Zaha Hadid)の建築をウィーンで見たからなんだ。

ウィーン経済大学に行ったことがある?絶対に見に行ったほうがいいよ。彼女の作品は、ポストモダン建築の最高傑作だよ。

そういう建築に携われたらいいなって思ったんだよね。

 

TUでは、ウィーン大学よりもスカーフをかぶっている女子学生がたくさんいる印象を持ちました。

 

グゥネシュ

うん、TUは、ウィーン大学に比べて、留学生がとても多いよ。やっぱりウィーン大学の専門の多くは人文学とか社会科学でしょう。

それってドイツ語圏の文脈の知識がたくさん必要で、僕たちにはハードルが高いよね。建築とか情報学とかに、たくさんトルコからの留学生が来ているよ。

スカーフをかぶった子たちがトルコからの留学生とは限らないけれど。

留学生の学費は1セメスター750ユーロ、それに対して、EU国籍であれば、たった15ユーロ。オーストリアでマトゥーラ(後期中等教育修了資格)を取った人も15ユーロだと思う。

僕はトルコの国立大学で物理工学を勉強してたけど、途中でやめてこっちに来たから、また最初からやり直したよ。

すごく大変だった。言葉はわからないし、ドイツ語教室に通わなくちゃいけないし。

 

グゥネシュ

夢はザハ・ハディドみたいな建築に携わりたいっていうのもあるし、でも、現実的なところでは、まずは、オーストリア国籍を取って、EU市民になること。

そうすれば、移動の自由も大幅に広がる。トルコのパスポートではいろんな制約があるんだ。

それで、給料の高いスイスで仕事をするとかできたらいいなと思ってる。スイスで年金をもらえるようになればいいよね。

オーストリアはね、特にウィーンの人たちは、あんまりフレンドリーじゃないよね。スーパーで仕事してると特にそう思う。

あ、日本にも行きたいと思ってる。前にTUのプロジェクトで福岡に行ったときにすごくよかったから!

セブンイレブンのおにぎりが大好きだよ。ツナマヨと鮭。梅干しもおいしいよね!

近い将来、半年ぐらいインターンで行けたらいいなって思ってる。そのためにも、今は、とにかくオーストリア国籍を取得しないとね。

 

外国人の在留許可では、週20時間以上は働けません。彼は上限まで働いて、最近、スーパーでレジ締めの責任ある仕事をまかされるようになりました。そうしたことは、国籍取得のために非常に重要なポイントになるそうです。

 

グゥネシュ

トルコにはもう帰らないつもり。政治に大いに問題があるよ。エルドアン大統領がもう20年も政権を握ってて、トルコは昔みたいではなくなってしまったから。

両親は公務員で安定した仕事だったのに、今ではずいぶん生活が苦しくなったって言ってる。

 

ウィーン市民はおよそ190万人余りで、そのうちオーストリア人が68.5%、EU圏内の人々が13.8%、そのほかが17.7%です。

外国籍を持つ人々の内訳で多いのは順に、セルビア人、ドイツ人、トルコ人、ポーランド人、ルーマニア人です(2021年1月1日現在の統計による)。

このうち、EU圏でないのはトルコだけです。さらに言えば、キリスト教圏でないのもトルコだけです。こうした点にグゥネシュのオーストリアでの暮らしにくさがあることは間違いありません。

しかし、グゥネシュのような外国人の多くが、コロナ禍のオーストリアの生活を支えていたのです。

 

兵役の代わりに社会奉仕活動に従事するオーストリア人。オーストリア国籍取得のために働くトルコ人。どちらもウィーンで暮らす若者です。

オーストリアという小さな国を理解する散歩をもうしばらく続けていこうと思います。

 

伊藤実歩子(立教大学文学部教授)

 

筆者注


なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。

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