ウィーン・飛ぶ教室///第6回:ウクライナ侵攻と学童クラブ
2022年2月24日、ロシアがウクライナに侵攻しました。オーストリアでも朝から特別ニュース番組が編成され、以降も連日のニュースはほぼウクライナ関連です。
コロナ禍の次は戦争です。「現代は先の見えない時代」という表現は、これまでまさにあいさつのように使われてきましたが、どうやら今回ばかりはこのフレーズを使う必要がありそうです。
小学校2年生の子どもがウクライナの戦争に興味を持っています。こちらの学校に行き始めて6か月、急にドイツ語をたくさん話すようになってきました。
友達や先生、学童の指導員ともウクライナ侵攻についてよく話すというのです。ウクライナはオーストリアの隣の隣の国(プロローグに掲載した地図を参照してください)で、学校にもウクライナやロシア出身の子どもたちがたくさんいることも大いに関係しています。
侵攻から1週間、ウクライナから逃れてきた人々はすでに隣国のポーランドやスロバキア、ハンガリーに到着しています。オーストリアも難民を受け入れることを表明しています。
ウィーン分離派会館
ウクライナへの侵攻から4日後(その内2日は土日)の2月28日に、学童から「専門家によるまとめ『子どもたちと一緒にウクライナの戦争について話そう』」とタイトルされたお便りがメールできました。
そこには、子どもたちと戦争についてどのように話せばいいのか、典型的な子どもの質問に対するいくつかの答え方などのヒントが書かれていました。また、ウクライナ支援のサイト情報や戦争や難民関係の絵本や児童書などの情報もありました。
以下では、その文書の中からいくつか大切だと思われる個所を訳出してみたいと思います。
まず、戦争について子どもと話すときのポイントは、以下のようにまとめられています。
子どもと話すときのポイント
1.正直に、しかし無理なく
2.子どもがすでに知っていることを確認し、年齢や発達に応じて、真実に基づいて必要最低限のことを話す
3.子どもの気持ちを真剣に受け止める
4.親密性、安心感、サポートを共有する
5.感情の模範と仲介をする大人としてふるまう
6.年齢に応じて説明する
7.情報過多を避ける
8.活動する
ここで興味深いのは8点目です。子どもたちが悲しみや心配にとらわれないために、自分自身が行動することが助けになると書かれています。
具体的な例として、犠牲者のためにろうそくを灯したり、物資を送ったり、避難してきた人々を支援したり、連帯を表明する集まりに参加することがあげられています。
では、次に、典型的な子供の質問とそれに対する答え方を見てみましょう。カギカッコ内は大人の答え方をセリフで表したものです。それに対する解説もあります。
子どもの質問「なぜ戦争が起こるの?」
子どもに戦争のような深刻で複雑なテーマを説明するときには、さしあたってまず、彼らが何を知っているかを知ることが大切です。そのうえで、そのことに付け足す形で、混み入った話をするのではなく、できるだけ子どもと対話する形式で始めることが重要です。例えば、「戦争について何を知ってる?」「なぜそのように思うのか」「学校でそのことについて話すの?」「戦争って聞いて何を想像する?」といった問いかけです。
子どもの質問「戦争って何?」
「昨日、君が友達とけんかしたとするだろう?それは、君と友達の意見が一致しなかったからだとする。そしてそのケンカが最終的には1人がスコップで相手の頭をたたいて、叩かれたほうは泣いてしまった。同じようなことを大人同士でするのが戦争なんだ。国のトップにいる2人の大人が、何かを理由にケンカをしはじめ、それが大ゲンカにまで発展する。でも、彼らは、スコップではなく、戦車や戦闘機で戦うんだ。しかも、彼らは自分のためにほかの人々を戦わせるんだよ」
上記のように答えるのは、子どもの経験に基づいた話から始めるのが肝要だからです。例えば、戦争とケンカは同じ地平にあるということ。
ただし、それは砂場で起こることではなく、国全体で、ほかの人々の持ち物を自分のものにしたいから、横取りするのだということ。ケンカは、頭にたんこぶを作るだけではなくて、実際に人間が死んでしまうこと。家から人々を追い出すということ。
こうしたことはとても繊細な問題なので、気を付けて話すようにしなければなりません。中には「戦争とは大人のけんかだよ」と聞くだけで十分な子どももいれば、もっと聞きたいという子どももいるのです。
ロシアから来たクラスメイトがいる子どもの質問「だからあの子も悪いの?」
「今は2つの国同士が争っていて、それはわずかな人たちがやっていることだ。君の友達はモスクワで生まれたかもしれなけれど、彼が戦争を引き起こしたわけでもないし、何もしていないだろう。彼にはたぶんウクライナの友達もいるはずだよ。だから、彼がロシア人だからといって悪いわけではないよ」
子どもの質問「戦争で人間は死ぬの?」
この質問の場合も、隠すのでも、かわすのでもなく答えること。「戦争とは、人間が死ぬものなんだよ。これまでも多くの戦争で本当にたくさんの人々が死んでしまった。だから、人々は避難しようとしている。また戦争に行ってほかの人を助けたり守ったりして死ぬ人々もいる。だから、さまざまな方法で戦争にならないようにしているし、あるいは戦争をできるだけ早く終わらせようとしている。人々がまた新しい家や食べ物や水をもらえるようにしているんだよ」
子どもの質問「戦争がそんなに悪いものなら、なぜわたしたちはそれに対して何もしないの?」
この問いに答えることは難しく、説明を試みるしかありません。
「戦争に対して責任を取るのは政治家だよ。彼らは平和を守り続けることに対しても責任がある。政治家は『平和を守ることができないかもしれない。もしプーチン氏が攻めてきたら、彼からこれ以上何も買わないようにして、これからは彼を支援しないようにしよう』という。わたしたちも家族として攻撃された人々を支援することができる。例えば、必要なものを送ったり、お金を寄付したりして。そして、逃げてこなければならなかった子どもたちや家族には、オーストリアにおいでよ、わたしたちはあなたたちのおうちを探すよって言ってあげることができるね」
ここでもまた興味深いのが最後の質問です。特に、幼稚園児や小学校低学年の子どもたちに対して、戦争が政治家の責任であることを明言する部分です。
そのうえで、やはりここでも個人の行動を促しています。難民を受け入れるという政府の姿勢を家庭で共有するということも、日本に住むわたしにとってはとても印象的なことです。
ウィーン楽友協会でのウクライナ支援コンサートの様子。ニューイヤーコンサートで有名な黄金の間の天井が、青と黄色(ウクライナの国旗)でライトアップされている。
早い情報提供
ほかにも、わたしがこのハンドアウトを読んで驚いたことがいくつかあります。
まず、こうしたハンドアウトが、ウクライナ侵攻の4日後に保護者に送られてきたことです。
このハンドアウトの内容自体は、ドイツの雑誌(Zeit)の記事が情報源で、学童クラブの運営団体のオリジナルではありません。
それでも、この団体が、ロシアのウクライナ侵攻の4日後に、保護者あてにこうしたメールを送付する政治的な判断を下したということに驚きました。
そして何よりの驚きは、いうまでもなく、こうした迅速な判断を余儀なくされるほど、ウクライナ侵攻がオーストリアの子どもたちにとってとても身近であることです。
先に述べたように、他者を支援する行動が、自身の不安を軽減することにもなるという考え方は、(子どもを巻き込む)戦争や紛争といった国際問題を身近に考えているからこその視点であるともいえるでしょう。
おそらく、ウクライナからの移民が経営していると思われる花屋のショーウィンドウ
伊藤実歩子(立教大学文学部教授)
筆者注
なお、コロナの状況やそれに関する法案やルール、またあるいはウクライナを含む世界情勢については、日々情報が更新されます。この記事がアップされる頃には全く様子が変わっているということもあります。できるだけ正確に書いておくつもりではあるのですが、このエッセイ全般にわたり、現在の状況を書いたものではないことをご理解いただきたく思います。
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