やさしい人間になるということ

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日本標準

3月20日の日曜日。3連休の真ん中、快晴の朝だ。

まず頭に浮かぶのは、明日、ウイルス感染の防止措置が全国で解除になること。

全国でも東京でも、先週比で感染者が何人減ったということが毎日言われている。

でもつい1年前を思うと、それでも結構な人数であると思ってしまうのは私だけだろうか。

全国各地の店や企業や旅館に活気が戻ることは、確かに私たちも元気になる。

でも、いろんなことに神経をすり減らしてきたこれまでの苦労を考えると、心配は消えない。

本当にウイルス感染問題は解決する? 2年前の世の中に戻る? 今の数字は、そうはいっていない気がする。

日本標準では、みんなで話し合って独自の基準を決めた。つまり「自分たちで決める」と。



ウクライナのことを心配する報道が続いている。確かにひどい。

ベラルーシのルカシェンコ大統領のインタビューを観た。

もう理屈も何もない。ロシア愛にあふれている。いや旧ソビエト連邦愛のようだ。

選挙違反で大統領の椅子に座り、今、ウクライナに無条件降伏を促している。

ベラルーシ国民が、「私たちが平和を訴えると、犯罪者になる」と語っていた。



そんななか、いつものことだが思うのだ。

日本では、「軍事力強化」の話やら、「核についての協議」の話やらが出てくる。

そんな論議が、はたして世界の中の日本の役割なのだろうか。

逆のような気がしてならない。

戦争は、人の殺し合いだ。 道理なんてない。 戦争を起こしていない人が死ぬ。

76年前を思い出すと、その人には何の理由もなく、何百万人もが世界でが死んだ。

忘れていいのだろうか。



そんなことを考えている朝である。

そして1週間後に、3回目のワクチンを接種する予定の朝である。

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