駆け足授業が、心配

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日本標準

12月6日の日曜日、快晴の朝だ。

昨日は寒かった。お墓参りで水が冷たかったが、供えている花は1週間たってもきれいに咲いていた。

 

年の瀬だ。いろんな情報や心配があふれている。

その中の教育に関することを二つ。

 

一つは、ウイルス禍の対策として学校の一斉休校はしないという文科省発表。

これはよかった、大賛成。

さまざまな家庭環境の中で、子どもたちは生きている。

そんな中で学校に行かない(行かせない)ことが、なぜすべての子どもに安心と安全なのかと、常々思っていた。

学校より家庭での感染のほうが圧倒的に多い。

今後のウイルス禍の展開の中でも、ここはぶれてはいけないところだ。

 

もう一つ、駆け足授業のこと。

今年前半の一斉休校で、年間のカリキュラムが修了できないという問題があり、はみ出し分は次年度回しでもいいという見解を、文科省は出していた。

そうなったら、それはそれで次年度からが大変だと心配していたら、全国各地で駆け足授業が話題になっている。

あるところでは、例年より進度が速いという話も。

今年の新学期からの展開で、大変な苦労のなかで学校運営が続いた。

その中で、学校が来年に持ち越しを嫌がるのはわかる。

しかし、しかしだ。 それでよいのだろうか?

学習とその定着が不十分な子どもが増えていることは、誰が考えてもわかる。

一方で、豊かな家庭環境の子どもが、学校が休みの時間にたっぷり「個人最適」の学習に取り組んだことが想像できる。

ということは、その逆があるということなのだ。

そんな中、駆け足授業のニュースは少し悲しい。

 

「結果の格差」より「機会の格差」のほうが、罪が深いと思う。

体の中を冷たい風が吹き抜けるような気持ちがしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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