「平和」がわかりにくい時代
9月25日の朝。このところずっと雨が続いていた。
今朝は、今のところ久しぶりに陽を浴びているが、青空部分はわずかだ。
24日の土曜日は、学校の運動会が予定されていたが、悪天候で延期になったところが多かったはずだ。
学校関係者の、この後のやりくりの苦労が心配になる。
先週1週間は、シルバーウィークと言うらしい。知らなかった。週に2回祭日が入り、その一つが「敬老の日」だからなのだろう。
人が多く移動するときは、こちらは動かない。で、獲得した自由時間は読書ということになる。
「教養としての戦後〈平和論〉」 山本昭宏著 イースト・プレス刊
まだ30過ぎの若い研究者だ。私には面白かった。
そこで著者が迫るのは、「平和とは何か」である。
「戦後」という区切りからは「戦争の無い社会」を「平和な社会」という考え方がある。
でも、70年経つなかで、世の中が変化し、いろいろな人が平和についても語ってきた。
豊かさのなかの平和論、そして「政治への無関心」層の増加など、いろいろ思い浮かぶが、難しい。平和とは何だ?
今の世の中は、平和なのだろうか?
どうも、そうは思えない。今国内に戦争は起こっていないけど。
貧困問題や経済格差、将来への不安を「自己責任」として放置する状態。
これらは「平和」とは対峙する状況だろう。
著者の山本氏は、現代を「透明のインクで書かれた『平和』」と言う。
政府も、政府の方針に反対する人も「平和」を口にする。
でも、求めている「平和」の実態が、だれもわからない。
確かに、「平和」が空洞化しているように感じる。
そんな時代ではなかろうか。
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