世の中のことを、自分の問題として考える

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日本標準

また、悲惨な事件が起こった。

中2の少年の自殺だ。

もう山ほどコメントが出ていて、第三者委員会の設置というのも報道されているので、今さらコメントもない。

ただ「死ぬしかない」という少年の叫びに「明日、頑張ろうね」というような先生の返し方はない、とは思った。

ほかの生徒の話では、熱心で評判のいい先生と書いてあった。

これがいじめ問題の難しさと、複雑さなのだろう。

 

先日、元小学校教師で、現在教育系大学教授のM先生とお会いする機会があった。

日本標準教育研究所で実施した、「先生の多忙感」調査で、中心となって指導いただいた先生である。

M先生は、今いちばん心配していることは、子どもたちの「爆発、切れる」行動の激増だとおっしゃっていた。

 

今、国では、スクールカウンセラー(SC)やスクールソーシャルワーカー(SSW)の位置づけを急ぐという方針が出されている。

M先生にそのことを聞いたとき、先生は、SCやSSWが学校に位置付けられればこのような問題が解消される、というほど簡単ではないのでは、というようなご意見のようだった。

いじめ問題と自殺、爆発行動、切れる子ども・・・。

モグラたたきでは済まない問題なのだろう。

人間のつながりの強さや、助け合うことは当たり前、子どもやお年寄りや病気の人(弱者)をほっとかない、そんな社会になることしか、本当の解決の道はないのではなかろうか。

今話題のオリンピックも、オリンピックとパラリンピックを別々にやるのではなく、オリンピックの種目の中に、目の見えない人の競技を組み込むことなども、考える材料かもしれない。

(これは、乙武洋匡さんのご意見である)

うん、やっぱり、世の中の出来事を、自分の問題として真剣に考えるかどうか、が大事なのだろう。

 

 

 

 

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